岡村愛一公開講座
第一部 一般教養

一般教養について 序

大学生もしくは社会人となられた若い方々には、ぜひとも学んでいただきたい基本的事柄です。この内容からは、自分の生き方の方向性~学問、職業、恋愛、結婚、子育て、生涯学習など無限に広がることでしょう。こうしたテーマは、人生設計の上で必ずや参考となるのではないでしょうか。私自身自分の人生を振り返り、せっかくの教えを無駄にしたなと反省することが多いですが、残りの人生は恥じないものにしたいと再読、今後に生かしたいと思っています。

第一章 読書について

読書は思想を培い、希望を星につなぐための最有力な手段のひとつです。特に数百年~一千年以前から読み継がれてきた書物を含め、日々刻々と変化していく現代の中で、読書は欠かせません。その中で何を読むか、また、どのように整理して読むかなどは、先人の読書例から自分の読書法につながるのではないかと思います。いろんな読書の仕方の紹介を含めて読書とは、人生にどんな意義があるのかなど考えて見たいものです。人との出会いもそうですが、本との出会いも検討したいところです。素晴らしい書物に出逢え、更に人生が豊かになれば幸せです。

第二章 教養について

教養とはなにか、身につけるにはどうしたらよいのか、その本質を突く内容です。良く理解し、間違った教養ではなく、真の美しい人生を築くための教養として参考にされたいです。常識のない行動は、迷惑を懸けてしまうこともしばしば経験するところです。

「物の見方について」「人生とことば」では、自己を過去とのつながりをどう考え、位置付けるか、豊かな教養を築く上で考えてみたいところです。また、論語のところでは、孔子の時代に考えられたものの考え方と現代とどう違うかなど、色々な諸点から教養について考えてみたらどうかと思います。お互い教養ある人、ゆたかな人生を目指したいものです。

第三章 人生計画について

人生をいかに生きるか、人生計画、人生論を語ります。何をするにも計画の必要なことは分りますが、人生計画となると大きすぎてと思うかもわかりませんが、まずは身近なところから考えて見たいものです。先生は、ご自身が若き日に立てられた 「えぞまつのみどり葉を思い出でつつ」を事例にご紹介下さったことは忘れられません。先人の生き方やことばにも耳をかたむけていただき、計画の意味と自らを振り返る手立てとしていただけたらと思います。

第四章 職業について

人は何等かの仕事について人生を全うします。仕事に就き経済的に豊かになり社会貢献していくことは、生きていく手がかり自立(律)にもつながります。色々な方の職業観はそうした参考となるでしょう。去る8年前、私自身公の仕事から退きましたが、無力な自身を省み、教師としてのあり方や人生について学び直しをしているところです。先生の遺された内容は、本当によい教科書です。仕事のあり方は、昔に比べて変わってきていますが、若い方に是非読んでほしいところです。

第五章 人生と宗教について

本来、宗は「家を示す」とも言われますが、人の生き方に関係しているものでしょう。多くの方々は自分には関係ないと思っているかもしれませんが、知らず知らずに関わっているのではないでしょうか。例えば、初詣に近くの神社に参るとか、初日の出を拝むなど日本人にとって普通のことですが。日本は、四季折々の変化が顕著で、水や食料など自然に恵まれています。そうしたことからか、山や水、火など自然物を神として祭ったものが対象にあります。

ここで先生は、人を通して信仰をどうとらえるか紹介されています。世界には、キリスト教、仏教、イスラム教、神道などあり、私にとって現在も分らないところが多くあります。先人の取り組んできた生き方を学び、これを参考に人生と宗教について考えてみられては如何でしょうか。

第六章 現代に生きておられる諸先生

ここでは、「現代に生きておられる諸先生」として、「内村鑑三」、「河村幹雄」、「吉田松陰」の3先生を挙げておられます。

内村先生については、キリスト者として如何なる生き方をされたのか、その一面を松前重義、大塚久雄、南田陽一氏などの内村先生に師事された方の事例や先生の随筆集から示されています。特に私が惹かれたのは「我が信仰の友」で書かれている処に、内村先生が真の信仰の友とされている方に、源信、法然、親鸞を例に挙げておられることです。最後には、源信僧都(そうず)の和歌を一首引用され「我が国の中には斯くも懐(ゆ)かしき信仰を抱きし人の多くありしことを歓び感謝する」と結ばれています。

河村幹雄先生では、九州大学地質学の教授として学生に指導されながら、岩波書店刊の著書「名も無き民のこころ」に象徴されるように、その著作そのもののような名も無き日本人としての生き方をされた方です。氏のように、普段からの国防と教育の重要性を指摘された方は、他に例を見ないでしょう。またそうした生き方の中で出会い、心の友となられたと思われる三井甲之先生は、相互に名歌を残しておられます。ここに挙げられた和歌は、お互いを認め合った交流の記であり読み味わってほしいです。

3人目は吉田松陰先生です。30歳で世を去られましたが、明治維新に繋がる人材の育成と、維新後の日本の方向性について、身を以て示された方だと思います。獄中、野山獄での囚人教育は、囚人に人生の意味や生きることの重要性を教授されたもので、そのことは他の教育史に例がない素晴らしいものです。それが萩の松下村塾教育に繋がっています。

松陰先生は、著書「講孟余話」に「経書(けいしょ)を読むの第一義は聖賢に阿(おも)ねらぬこと要なり、若し少しにても何ねる所あれば、道明ならず、学ぶとも益なくして害あり」とされています。このように松陰が志を高く持ち、聖賢に阿ねらぬことの重要性を説いたことは、時代を越えて感動を与えます。他に、松陰の漢詩や和歌も声を出して味わいたいものです。

第七章 若人へ

私の現在画いている人間像

この稿は以下5項目からなっています。
   1、日々感謝の生活を送り得る人
   2、物のあはれを知る人
   3、計画的に行動する人
   4、無精せぬ人
   5、自然に学ぶ人
 これらは、普通に常識を踏まえた人であれば持ち得る考え方でしょうが、しかし実践することは、なかなか難しそうな気がします。新入社員であれば社会人として目標とすべき生き方であり大事な項目であると思います。

自然に学ぶ人の事例では、小田村寅二郎氏著書「日本人の源流」から引用、日本人としての生き方について述べられています。
「…われわれ日本人が生活してゐるこの日本列島は、大昔もまた今日と同じく、いや今日以上に、誰の眼にも大変美しく、なごやかな風景として映つたことであらう。そしてそこに住みついた人びとは、この大自然に対し、大自然を征服するのが人間の使命だなどとは夢にも考へず、むしろ逆に、そこに繰りひろげられる森羅万象の推移の妙なる調べのなかに、われと我が心を随順させて生きてきたようである。」

これは日本人の太古からの生き方を大変分かり易く説いた文章だと思います。こうした自覚を持つことは大変難しいことであると思いますが、自然に寄り添い生きてきた日本人のありのままの姿を教えて下さっているようで注意して味わいたいです。また、このことは、日々の反省点としても、年齢に関係なく考えたい点です。

現代に於ける私の心境

ここでは、先生の心境について述べられ、若者に托されたいお気持ちを短い文に綴られています。先生は、現代の世相の分析をはじめ、他に学問で一番大切なこととして、吉田松陰の「作輟(さくてつ)」を挙げられています。「作輟」は、「作(さく)」なすことと「輟(てつ)」やめることの意です。つまり学問が成就しない理由は、したりしなかったりして、途中でやめることが一番注意したい点だとされています。このことは、今尚私の耳に残り、私にとって学問とは何か、私の生涯のテーマであると考えています。


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